2015年9月、茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊し、市の約3分の1にあたる約40km²が浸水しました。2019年10月の台風19号(令和元年東日本台風)では、多摩川・荒川流域で観測史上最高水位が記録され、埼玉県川越市では越辺川(おっぺがわ)の堤防が決壊。特別養護老人ホームの入所者・職員245人がボートで救助される事態になりました。関東の水害は、もはや「めったに起きない出来事」ではありません。この記事では、こうした水害の背景にある構造と、私たちの庭や敷地でできる備え——「雨庭(あまにわ)」という選択肢を、環境再生土木・造園の視点から解説します。結論を先に言えば、水害対策は行政や河川管理者だけの仕事ではなく、一つひとつの敷地の「土の使い方」が集まって流域全体の防災力になる時代に入っています。大きな公共工事だけでなく、自宅の庭という身近な単位でできることが、確かにあります。
なぜ関東で水害が増えているのか
短時間強雨が確実に増えている
気象庁の統計によると、1時間降水量50mm以上の「非常に激しい雨」の発生回数は、1976〜1985年の平均173.8回に対し、2007〜2016年の平均は232.1回と、約1.3倍に増加しています。1時間80mm以上の「猛烈な雨」に至っては、同じ期間で約1.7倍です。気温上昇に伴って大気中の水蒸気量が増え、強い上昇気流が発達しやすくなっていることが背景にあるとされています。関東という一地域だけの問題ではなく、日本全体で進んでいる傾向です。
「内水氾濫」という都市型水害
水害というと河川の堤防決壊(外水氾濫)を思い浮かべがちですが、都市部でより頻繁に起きているのは「内水氾濫」です。下水道や排水路は一般的に1時間あたり50mm程度の雨を処理する前提で設計されており、それを超える雨が降ると、行き場を失った雨水が道路や住宅地に溢れ出します。市街化が進んだ東京都心部では、雨水が地面に浸透する面積そのものが減っており、短時間に大量の雨水が排水設備に集中しやすい構造になっています。
「流域治水」という政策転換――行政だけでなく、私たちの敷地も
こうした背景を受け、国土交通省は2020年前後から「流域治水」という考え方への転換を進めています。これは、河川管理者だけが対策を担うのではなく、国・自治体・企業・住民など流域に関わるすべての人が、雨水を「ながす」だけでなく「ためる」「とどめる」「そなえる」という多重の備えを分担していくという発想です。この政策の中で、コンクリートの護岸や下水道といった従来の「グレーインフラ」と並んで、緑や土の力で雨水を受け止める「グリーンインフラ」が、対立する選択肢ではなく「両方が必要なもの」として位置づけられています。雨庭は、このグリーンインフラを一般の住宅・敷地レベルで実践する具体的な方法です。
雨庭とは何か――基本構造と考え方
雨水を「流す」から「受け止めて浸透させる」へ
雨庭とは、屋根や駐車場など雨水が浸透しない面に降った雨を、排水路や下水道へすぐに流し込むのではなく、庭の一角で一時的に受け止め、時間をかけて地中に浸透させるための植栽空間です。米国環境保護庁(EPA)は、こうした施設を雨水を一時的にためる浅い窪地と定義し、集めた雨水をおおむね72時間以内に浸透させる設計を目安としています。72時間という数字には理由があります。それより長く水が滞留すると、根が酸欠状態になり、蚊の発生源にもなりかねないためです。
基本の4ステップ
- 集水経路の設計:屋根の雨樋や駐車場の勾配など、雨水がどこに集まるかを把握します。
- すり鉢状の窪地をつくる:敷地の低い位置に、緩やかにくぼんだスペースを設けます。
- 透水性の高い土壌を整える:砂利や砕石を下地に敷き、水はけの良い土壌構造をつくります。
- 湿潤と乾燥の両方に耐える植物を植える:雨のあとは一時的に湿り、晴天が続けば乾く——という変化に対応できる植栽を選びます。
雨庭を環境再生土木・造園の視点で見る
ここが、私たちEKAMが雨庭という技術に強く関心を持つ理由です。雨庭の本質は、海外発の新しい概念である以前に、日本の環境再生土木・造園が長年大切にしてきた通気浸透水脈——土の中の空気と水の流れを健全に保つという考え方——と、根っこの部分で同じです。
すり鉢状の窪地に水を集めて浸透させるという発想は、古来の点穴や水脈溝の技術と重なります。ただし、日本の多雨・急傾斜な地形では、海外の設計をそのまま持ち込むだけでは不十分な場面もあります。土壌の通気性が失われていれば、いくら窪地の形を作っても水は抜けていきません。杭や栗石を使って土の中に空気と水の通り道を確保する古来からの技術を組み合わせることで、雨庭はより確実に機能する「生きた設計」になります。
不織布フィルターやセメント系の改良剤に頼った現代の排水施設は、数年から十数年で目詰まりや再劣化を起こすリスクを抱えています。土壌そのものの通気・浸透機能を回復させながら雨水を受け止める雨庭の考え方は、こうした弱点を避ける選択肢でもあります。
雨庭の効果と、実際に見えてきていること
雨庭に類する雨水貯留浸透施設(バイオリテンション)の効果については、海外の研究で、ピーク時の流出量を条件によって30〜99%程度削減できたという報告があります。数値の幅が大きいのは、土壌の状態・施設の設計・降雨の規模によって効果が大きく変わるためで、「必ず何%減らせる」と一律に断定できるものではありません。それでも、コンクリートで雨水を素早く排除する従来型の対策とは異なり、雨水をその場でいったん受け止め、時間をかけて土に返すという発想そのものが、下流域への負荷を和らげる方向に働くことは、多くの実測データが示しています。
米国オレゴン州ポートランド市では、過去30年にわたり雨庭を含むグリーン・ストームウォーター・インフラを市内に広く整備してきました。従来型の下水道更新だけに頼った対策と比べ、持続可能な雨水戦略への転換により、大幅なコスト削減につながったとする報告もあります。道路脇の雨庭(グリーンストリート)は、雨水に含まれる汚染物質を大きく除去する効果も報告されており、水害対策と水質改善を同時に進められる点が評価されています。
日本国内でも、武蔵野市や八王子市、横浜市などで公共施設への雨庭導入が進みつつあります。長池公園(八王子市)では水生植物を活かした雨庭が整備され、公共の緑地でも雨水対策と景観づくりを両立する試みが進んでいます。ただし、こうした事例はまだ公共施設や大学キャンパスが中心で、米国のように住宅街まで面的に整備が広がっている段階には至っていません。裏を返せば、個人の敷地での取り組みが、これから伸びしろの大きい領域だとも言えます。
自宅の庭に雨庭を取り入れる際の判断のコツ
- 向いている敷地:屋根や駐車場からの雨水が特定の場所に集中しやすい庭、大雨のたびに水はけの悪さが気になる敷地は、雨庭による改善効果を実感しやすい傾向があります。
- 注意したい点:地形によっては窪地をつくるだけでは水が抜けず、逆に水たまりを作ってしまうことがあります。土壌の通気・浸透状態を見極めた上で設計することが欠かせません。
- 擁壁や法面が近い敷地:雨水を意図的に集める設計になるため、擁壁や法面の安定性への影響も含めて検討する必要があります。自己判断だけで進めず、専門家に相談することをおすすめします。
- 個人の庭から流域全体へ:一つの庭の雨庭が防げる水量はわずかでも、流域治水の考え方の下では、こうした敷地単位の取り組みの積み重ねが、地域全体の内水氾濫リスクを下げる力になります。

まとめ
- 関東では短時間強雨の頻度が統計的に増加しており、河川の外水氾濫だけでなく、都市部の内水氾濫のリスクも高まっています。
- 国土交通省は「流域治水」という政策のもと、行政だけでなく住民・企業を含めた流域全体での多重防御を進めており、雨庭はその実践方法の一つです。
- 雨庭は、雨水を「流す」のではなく「受け止めて浸透させる」ための植栽空間で、すり鉢状の窪地・透水性の土壌・適した植栽で構成されます。
- 雨庭の発想は、日本の環境再生土木・造園が大切にしてきた通気浸透水脈の考え方と本質的に重なり、古来の点穴・水脈溝の技術と組み合わせることでより確実に機能します。
- 効果の数値には幅がありますが、雨水をその場で受け止め時間をかけて土に返す発想は、下流域への負荷を和らげる方向に働きます。導入前には敷地の土壌状態や擁壁・法面への影響を専門家と確認することが大切です。