2026年7月28日、熊本県熊本地方で最大震度7を観測する大きな地震が発生しました。被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。一日も早く、安心して過ごせる日々が戻りますようお祈りいたします。
大きな地震のあとは、建物の被害に目が向きがちですが、宅地・庭・擁壁・斜面といった「足元」にも変化が起きていることがあります。地震の宅地被害は、揺れの瞬間だけでなく、そのあとの余震や雨によって進行することがあるためです。本記事では、環境再生土木・造園の視点から、地震のあとに宅地で見ておきたい点検ポイントを整理します。
先に大切なことをお伝えします。危険かどうかの最終判断は、ご自身で行わず、自治体が実施する被災宅地危険度判定・被災建築物応急危険度判定や、専門業者に委ねてください。この記事は、危険に近づかないための「観察の目」をお渡しするものです。
地震は地上だけでなく、地下の水の流れも変える
地震の揺れは、建物や塀だけでなく、土の中の状態を変えます。宅地の点検を考えるうえで、まずこの原理を押さえておくと、観察すべき場所が見えてきます。
水を多く含んだ砂質の地盤が強く揺すられると、土の粒と粒のかみ合わせが外れ、水と土が分離して地盤が液体のようにふるまうことがあります。いわゆる液状化です。特に、もともと谷だった場所を埋めた「谷埋め盛土」の宅地は、水が集まりやすい地形の上に人工の土が載っているため、切土(もとの地山)との境目で沈下や変形が出やすいことが知られています。
また、従来の構造設計は土の圧縮強度を中心に考えられており、土の中の水の流れは十分に考慮されてこなかったという実務上の課題があります。擁壁の背面や基礎のまわりで水が滞留していると、その水分が地震時の局所的な液状化や、擁壁を外へ押す力の源になります。地震のあとに「水」のサインを観察する意味は、ここにあります。
一方で、興味深い観察事実もあります。約800年前の中世の盛土城跡を発掘すると、松杭・井桁丸太・栗石・稲わらを組み合わせた構造が、液状化せずに形を保った状態で見つかることがあります。土の中に水と空気の通り道が保たれていた構造は、長い年月と多くの地震を経ても安定していたわけです。足元の土と水をどう扱うかは、それほどまでに宅地の寿命を左右します。
地震のあとの宅地・庭の点検手順
ここからは、余震が落ち着いてきた段階で、ご自宅の敷地を安全に観察する手順です。余震が続いている間や、雨が降っている最中の点検は行わないでください。
手順1:離れた場所から全体を眺める
いきなり敷地の隅々まで歩き回るのではなく、まず道路など安全な場所から、敷地全体を眺めます。見るポイントは次の3つです。
- 建物・塀・擁壁の「傾き」や「ずれ」が、地震の前と変わっていないか
- 地面に段差や帯状の盛り上がり・沈みが新しくできていないか
- 電柱・門柱・物置など、垂直だったものの角度が変わっていないか
毎日見ていた景色との「違和感」が、最初のセンサーになります。写真を撮っておくと、余震のあとに変化が進んでいないかを比較できます。
手順2:地面のサインを見る(地割れ・沈下・傾き)
次に、安全を確認しながら敷地内の地面を観察します。注意して見たいのは次のようなサインです。
- 新しい地割れ:特に擁壁の上部や斜面の肩(平らな場所と斜面の境目)に平行に走るひび割れは、地盤が動いた可能性を示します
- 局所的な沈下:犬走りや土間コンクリートと地面の間に新しい隙間ができていないか
- マンホール・桝の浮き上がり:周囲の地盤が下がった、または液状化のサインであることがあります
地割れを見つけても、中をのぞき込んだり、またいで測ったりしないでください。幅や長さの記録は、離れた位置からの写真で十分です。
手順3:水のサインを見る(水たまり・湧き水・井戸)
土の中の変化は、水の動きに最も早く現れます。造園・土木の現場でも、地下の状態を読むときは水を手がかりにします。
- 水たまりの位置が変わった:いつもは水が引く場所に水が残る、逆にいつも湿っていた場所が乾く。地下の水の通り道が変わった可能性があります
- 今までなかった場所から水が湧く:斜面の中腹や擁壁の際からの湧き水は、特に注意して観察したいサインです
- 井戸水の濁り・水位の変化:地下の水脈が揺れの影響を受けた手がかりになります
これらの水のサインは、それ自体がすぐ危険という意味ではありません。ただし「地下で何かが変わった」ことを示す情報として、自治体や専門業者に相談する際に伝えると、判断の精度が大きく上がります。気づいた日時と場所をメモしておきましょう。
擁壁・石垣・ブロック塀の見方
地震のあとの宅地で、最も慎重に扱いたいのが擁壁・石垣・ブロック塀です。倒壊は揺れの瞬間だけでなく、余震や雨のあとに時間差で起きることがあるためです。
近づく前に:観察は「離れて・上から下へ」
傾いた塀や擁壁には、たとえ自宅のものでも近づかないでください。観察は数メートル離れた位置から、双眼鏡やスマートフォンのズームを使えば十分です。塀の倒れる方向(道路側・敷地側の両方)に立たないことも基本です。
擁壁で見るポイント:孕み・新しいひび・水抜き穴
- 孕み(はらみ):壁面が外側へ膨らむ変形。背面の土圧や水圧が高まっているサインです
- 新しいひび割れ:古い汚れたひびと違い、割れ口が白く新しいものは今回の揺れでできた可能性があります
- 水抜き穴の変化:これまで乾いていた水抜き穴から水が出続けている、泥水が出ている、逆にすべての穴が詰まって背面に水がたまっている──いずれも背面の水の状態が変わった手がかりです
石垣の場合は、石のかみ合わせが緩んで個々の石が浮いていないか、目地から土がこぼれ出ていないかを離れて確認します。
やってはいけない応急処置
善意の応急処置が、かえって危険を増やすことがあります。次の行為は避けてください。
- 傾いた塀を自分でロープや支柱で固定しようとする(作業中の倒壊が最も危険です)
- 地割れや水抜き穴をセメントや土で塞ぐ(水の逃げ場を失わせ、背面の水圧を高めることがあります)
- 擁壁の上や下での片付け作業を、点検前に始める
被害のある擁壁・塀は、写真記録を残したうえで、自治体の被災宅地危険度判定や専門業者の調査を待つのが、結果的に最も早く安全な道です。
余震と雨が重なる時期は、斜面を「別物」として見る
強い揺れを受けた斜面は、見た目が無事でも、土の中に細かな亀裂や緩みが生じ、揺れる前と同じ斜面ではなくなっています。そこに雨が降ると、亀裂に水が一気に浸透し、土砂災害の危険が普段より高い状態になります。夏は大雨や台風と余震の時期が重なるため、特に注意が必要です。
斜面の崩壊には、知られている前兆があります。
- 斜面から小石がぱらぱらと落ちてくる
- 斜面の中腹から、今までなかった湧き水が出る
- 沢や側溝の水が急に濁る、または急に減る
- 地鳴り・山鳴りのような音がする
これらに気づいたら、斜面には近づかず、自治体の避難情報に従って早めに行動してください。前兆が「ない」ことは安全の保証にはなりませんので、避難の判断はあくまでハザードマップと公的な情報を基準にすることが大切です。
揺れを「逃がす」伝統構法の考え方
最後に、復旧や今後の住まいを考えるうえで知っておきたい、伝統構法の設計思想に触れます。誤解のないように先に書きますが、どの工法であれば地震に対して安全、という保証はできません。ここでお伝えするのは、あくまで構造の「考え方」の違いです。
日本の伝統的な石場建(いしばだて)は、礎石の上に柱を載せるだけで、柱を地面に固定しません。足固めと貫(ぬき)で組まれた軸組が水平方向にわずかに動くことで、揺れの力を受け止めるのではなく「逃がす」ことを意図した構造です。千年以上前から寺社建築で使われ続けてきました。
この「逃がす」発想は、擁壁や土留めにも通じます。先に紹介した中世の盛土城跡のように、杭・丸太・栗石・稲わらで組まれた構造は、剛性で揺れに対抗するのではなく、土の中の水と空気の通り道を保ちながら、構造全体で力を分散させます。栗石のかみ合わせは多少動いてもかみ直され、根や菌糸が絡むことで年月とともに一体化していきます。
現代の工法と伝統の工法は、対立するものではありません。ただ、「固めて動かさない」以外にも「動きを許して逃がす」という選択肢が古くからあったこと、そしてその構造が土の中の水と空気の流れを大切にしてきたことは、復旧の工法を考えるときの視野を広げてくれるはずです。

まとめ
- 地震は地下の水の流れも変える。水たまり・湧き水・井戸の変化は「地下からの情報」として記録する
- 点検は余震と雨がない時に、離れた場所から。地割れ・沈下・傾きは写真で記録し、近づかない
- 擁壁・石垣・ブロック塀は孕み・新しいひび・水抜き穴を離れて観察。自己流の応急処置はしない
- 揺れた斜面は雨で崩れやすくなる。前兆に気づいたら近づかず、避難判断は公的情報を基準に
- 危険度の最終判断は、被災宅地危険度判定・応急危険度判定など公的な仕組みと専門業者に委ねる
被災地の一日も早い復旧を、心よりお祈りしています。私たちも土に関わる者として、確かな知識を静かにお伝えし続けることで、少しでもお役に立てればと思います。